受講生からの感想を許可をいただいてここにご紹介します。
一番の変化は、物事のとらえ方が変わり、自分のことを責めることが大幅に減ったこと
チャカナの叡智を学ぶ前と後の変化について、ただ正直に文章にしたら、思いのほか端的で言い切る形で言葉が紡がれていった。それもまた学んだ後の変化の一つだと思う。だからそのまま伝えようと思う。
チャカナの叡智を学ぶ前と後で変わったことは、物事のとらえ方が変わったこと。自分のことを許しているというのが一番近い感覚で、衝動的になることなく一度受け止める、というステップを踏めるようになった。また自分を責めることが大幅に減った! 物事のとらえ方が変わったことの影響もあって、自分の行動には自分を大切にしたい気持ちが含まれていると思うようになった。
自分を責めることが減ったことで、漠然とあいまいだったありのままの自分が輪郭を帯びてきている。 それは心も同じで、雲のように掴めない対象だったのが、撫でまわしてやりたい、と思うくらいに形が見えてきている。もやもや、いらいらの原因特定まで時間がかからなくなり、対策することができるようになってきた。対策できるようになってきて、打つ手はある、と思えることが増えた。
見えない世界の存在の影響や学びの仲間の存在で、孤独を感じることが減った
それでも打ちのめされることがある。打ちのめされたことで自分が逃げ回っていたものが明確になった。そして、それから逃げようとしなくなってきた。 自分の求めていること、自分が何を感じているのかが分かるようになってきた。
それまでは、やみくも、なんとなく、それっぽい、を、やみくもになんとなく、それっぽくこなしているだけだった。今はフリをしていることに気が付き、フリをしてまで求めているものはなにか、追跡するようになってきた。 それに伴って自分の状態に対して無頓着だったが、気遣うようになった。緊張している時間が圧倒的に減って、ほっとしている時間が圧倒的に増えた。見えない世界の存在の影響か、孤独を感じることが減った。それは共に学ぶ仲間の存在も大きい。自分を否定せずにいられるようになってきた。ただ、いまだに焦ってしまうことはある、期待してしまって後から、ああ、わたしまたやってたなー、と苦笑いすることもしばしば。ただ、その時の身体や心はとても柔らかい。今までのような窮屈さは減った。
より知りたい、よりよくなりたいという希望が湧いてきた。日々の変化をこれからも続けていく。
自分という存在がどういう存在なのか、多面的に情報が集まるようになり、好きになってきている。それもやはり共に学ぶアイルの存在がたくさんの視点を与えてくれている。だからこそ、より知りたい、よりよくなりたい、今まで持ちえなかった「よりよくなる」という概念が生まれ、少しずつなじみ始めた。 正直に変化を追うと、こんな感じだ。
毎日が過渡期、ずっと過渡期、このまま続けることで何かある。私の場合は、まだその「何か」がはっきりとはわからない。ただ、「何か」は決して自分を苦しめる事柄ではない。そう信じられている、そう信じてもいいかな、と思い始めている。 ともかく、これからが楽しみだ。悲観的な被害者だった私が、こう断言できるくらいの変化をチャカナの叡智はもたらせてくれます。ありがとうございました。
これからもよろしくお願いいたします。
K (40代) 千葉県