受講生からの感想を許可をいただいてここにご紹介します。
家族や状況の試練を通じた成長の気づき
2回目のリトリートでした。
1度目のリトリートは、参加にあたり家庭内の様々な問題をクリアしてやっとの思いで漕ぎつけたという感じ。
あれから半年、今回私はどんな風に参加できるのだろう。
少しは楽に出かけることができるようになっているかしら…?
そういうところで自身の成長を試したり、「家族」や「状況」の成長を測ろうとする自分がいました。
油断すると自己都合の波を起こそうとし、自己都合の解釈を入れようとする私。やはり神様はちゃんとお見通しでした。
結果的に今回も、私はリトリートに行けるのかしら…と不安にかられるような必然が起き、オロオロした自分がいたというのが現実でした。
ただ半年前と違ったのは、これらをただのトラブルと捉えるのではなく、化けた祝福として(必死でしたが)粛々と対応し、判断と決断をし、実行する、結果は委ねる、を意識できたことかなと振り返っています。
レベル1のときも同じように感じていたような気もしますが、チャカナの階段を一段一段ジグザグに廻りながら進んでいる自分をイメージして、とにかく前を向いて進みました。
大切な家族を信じきるとはどういうことなのか、こんな風に考えている自分はまだ信じきれていないのだな、などと悶々とした思いも抱えていました。
メサとのつながりから得た自己受容
今回はレベル2の参加が私だけだったこともあり、主にアイニさんとナビゲーターシャーマンの方に儀式をして頂き、ひたすら自分の火に集中して向き合う時間となりました。これも必然だったのかなと思っています。
そして、まわりのたんぽぽ仲間のみなさんにも支えられ、1人じゃない、守られているという安心感の中で終始、過ごさせていただきました。
今回のリトリートで得た変化・気づきはまだ自覚できていないものもあると思いますが、はっきりと感じているのはメサが本当の意味で私のメサになった感覚です。
正確に言うと、これまでもメサは私のメサであってくれていたと思います。でも私が気づいていませんでした。
これは大事なもの、意味のあるもの。
そんな風に頭でばかり考え解釈し、私の方が心の扉を開いてこなかった。
メサと自分がつながり、それまで部屋の片隅でじっと静かに存在してくれていたメサを思ったとき、それはまるで私が自分自身に対してしてきたことと重なりハッとしました。
今まで置いてきぼりにしてごめんね、待っていてくれてありがとう。
メサにかける言葉は、私が私自身にかける言葉でした。
見える世界と見えない世界をつなぎ、私が自分とつながること。自己受容の感覚を言葉や説明ではなく、形とその存在をもって教えてくれました。
いろいろに散らばっていたものがつながり、気づいた途端に大きな力となった、そんな感覚です。
バランスの変化と感謝の中で進む歩み
これまでは、上手く言語化し納得感のある説明ができることに価値を見出していたように思います。
調和が取れているかはわかりませんが、そのバランスが大きく変わってきているのを感じ、今の私はこうなんだなと優しく眺めている自分がいます。
不思議なことに、薄れていたセレンディピティも再び戻ってきています。
学びはまだまだ道半ばですが、これからもメサとつながって支え合いながら、進んでいきます。
N・50代 甲信越
